先ずは自分の近しいところから。そこはかとない話

8月 28 2015 - 5,そこはかとない話
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先日、友人のバッシーに、

「美香ねぇはだいたい何歳ぐらいで、自分がやって貰うことと、やってあげることが逆転したか?」

と、聞かれた。

バッシーによると、ある一定の年齢までは、人から協力してもらったり与えて貰ったりすることの方が多い。それが30代半ばにも差し掛かると、いつの日か逆転し、別な第三者に自分たちが一生懸命尽くしていたり、協力したりしているということだった。

つまり、若いときは無力で、年長者に助けてもらうばかりであった。しかも助けてくれる人たちは無償で、見返りも求めていないし、心がかなり広い。そういった人たちに自分たちは、若い頃はすいぶんと助けられて居ている。

しかし、年齢とともに、今度は自分たちが若い人たちにやってあげる機会が増えてくる、そうやって世の中は循環しているのではないだろうか。といった話である。

私は「ほーなるほど」。と、バッシーはそんなことまで考えているのかと、またそれは年齢が一つの目安になるのかと、感心してしまった。

ぼーっとして聞いていると単に、自然の摂理のような話に聞こえるが、実はけっこう高尚な話だったよなーと思うわけで、ここ最近の私は、人に尽くすことに色々思うことがあり、バッシーの話がたびたび思い起こされていた。

話の一連を分解していくと、

若く、無力で恩恵を受けているばかり

しかしそれに感謝をして、応えて行こうと努力をする

すると正しい方向で人間として成長ができる

やってくれた人に、さらに感謝ができる(する)

人生の好循環に乗る

自分自身も自然とおおらかで利他主義になっていく

 

ポイントは、自分が出来る人に対して、返していくのだということ。

自分たちがこれまで受けてきた、数多くの恩返しは、自分が出来る若い人や社会に対してやっていく役目があるという事なのだ。

そして実は、バッシーに聞かれるまで、私はまったく意識してこなかったのだ。

確かに30代後半ぐらいまでは、助けてもらう、協力してもらうことの方が多かった。

そして助けてくれた、協力してくれた人たちに本当に感謝をしている。でも私はその感謝がきちんと出来ていただろうか?と考えたのだ。

例えば、バッシーなんかは、今まで自分がやって貰ってきたことを社会に対してお返ししていくといった事は、今後の人生の中でもきっちりやっていくタイプなんだろうと思う。

同時に直接的にも返せていると思う。

感謝とか喜びとかの表現がものすごく上手な人で、それを言われた方も素直に嬉しくなる。

だから例えば、誰かが何かを協力したとしても、逆に申し訳無くなるくらいに感謝やお礼の言葉を言ってくれたりするので、変な話、どんどんやりたくなるし、言われなくても何か協力出来ることは無いだろうか?って周りの人に自然に思わせるような得な性質を持っている。そういったことが自然に出来る人は少ないと思うし、私自身は、バッシーのように出来ていただろうか?と考えると、おそらく全然できていなかった。

具体的にどんな感謝をしているのかと言うと、

協力に対しての報告をきちんとしていて、その報告が一番のお礼になっているんじゃないかと思ったのだ。

どういうことかと言うと、最近もう付き合いたくないなーと思った人たちがいる。

連絡が来るときは、いつも何か協力して欲しいときや悩みがあるときだけなのだ。

具体的にこれをして欲しいとはっきりしているので、私はそのために時間や労力を費やすけれど、「ありがとうございます!」と言ったっきりで、その後どうなったかとか、解決したのかとか、達成出来たのかとか、まったく分からない。

分からないうちにまた連絡がくると、悩みの相談か、協力をして欲しいことの連絡になるし、会いたいと言われることが、既に「あーなんかまたお願いされるのかなー?」と思ってしまうようになった。

もちろん会えば、世間話的に報告をしてはくれるものの、それは特に感謝とかでは無く単なる世間話の範疇で、その人の会話のほとんどが、次なるお願いに集中した内容になっている。

で、色々考えた。

私って、ちっさい奴だと、心の底から思ったけれど、この人には本当に自分がちょー究極に余裕があるときだけ協力をしよう!と。

自分の親きょうだい、親友たち、仕事仲間たちに、自分が満足できるくらいやれていて、さらに余裕があるなら、この人やろう。そうで無い限り、何か理由をつけて断ろうと思った。

そしてふと考えた、最近父親が「親孝行してくれ~」と言うようになった。

先日私は「まだ孝行する余裕が無いから、長生きしてくれ~」と言い返したが、そう言ったことを今さらながら後悔した。

そもそも親孝行してくれと言わせてしまった私はどこか失敗しているし、若者は色々な人にやって貰えるけれど、ある一定の年齢になれば、誰からも何もして貰えなくなる。

例えば先日私がロードバイクのイベントに参加して、色々教えて貰ったりやって貰ったりしたことがものすごく嬉しかった。

私の年齢でさえ、こういった出来事が少なくなってきているから、両親の年齢であれば、やって貰えることなんて殆どなくて、偶には誰かに何かをやって欲しいと思うんだろうなーと。

でもそんなことは他人には言えないから、娘に「親孝行してくれ~」となったんだなーと。まー実際は言葉の真意はわからないし、冗談かも知れないが、先ずは親きょうだいにちゃんとやろうと思ったわけで、ここしばらく、バッシーとの会話が何度も思い返されていたけれど、自分なりに飲み込めたような気がする。

 

第三者に、躊躇無く協力出来るように、自分の親やきょうだい、近しい人たちに、いつもしっかりやっておこう。

 

あとがき☆☆☆

先日も親友と話していたことだけれど、一生付き合って生きたいと思える友人が何人か出来たことは、私の人生にとって一番の収穫だと思う。

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