葬式と死ぬまで付き合う友人

葬式と死ぬまで付き合う友人

5月 28 2016 - 1,未分類記事
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私は結婚もしてないし会社も一人なので、一日のほとんどの時間を自分のために使っている。

これはひとり好きな私としては最高の環境なわけだ。

でも食事や遊び、旅行となれば友人を誘えばいいし、付き合ってくれる人たちもいる。

いまの気楽な生活や人間関係をけっこう気に入っているけれど、ふと考えるときがある。

死ぬまで付き合う友人は今から何人残るのだろうか、増えるのだろうかと。

今日、友人のAさんと食事をしながら葬式の話題になった。共通の知人が二人も今月亡くなったからだ。

Aさんの友人でBさんというめちゃくちゃ変わり者がいる。その変わり方が私の苦手なタイプなので、Bさんは私の友人ではない。

Bさんはどのくらい変わった人なのかと言うと、細かく説明すると嫌な気分になるので10人いたら9人は、Bさんを好きではないだろう。

私の友人Aさんは、とても性格が良い。付き合いの古い友人がたくさんいるし私もその一人だ。そして小規模な会社をやっている。

同じく変わり者のBさんも小規模な会社をやっているけれど、同時にロータリークラブや組合など、入れる組織にはすべて加入しているのでは?と思うくらいの多くの会に入ってる。

そこでAさんがこんな話をした。

「たぶんBさんと自分との弔問客を比べたら、皆に嫌われているBさんの方がはるかに多く集まるだろう」って。

私もどこにも所属していないので、おそらく弔問客は少ないだろう。

 

人との出会いに関してよく見かける数字がある。

人生80年生きるとして、

何らかの接点を持つ人 30,000人

同じ学校や職場、近所の人  3,000人

親しく会話を持つ人 300人

友人と呼べる人 30人

親友と呼べる人 3人

Aさんと私の行きついた話は、葬式なんて誰もこなくていいけれど、友人や親友と呼べる33人のひとたちと深く長い付き合いをしたいね。なんて〆でバイバイしてきた。

でも家に帰ってきてから、仮に私が病気や超貧乏になったとき、友人や親友は変わらず付き合ってくれるのだろうかと考えた。

考えた結果、そうなってしまった場合は、私が友人や親友に連絡をしなくなるだろうと思った。ここまでは以前から考えていたことなんだけど、今日はさらに気がついた。

そもそも友人や親友関係は、お互いに超貧乏にならないように、見守り合う関係だと。

不運にも病気になってしまった場合はしょうがないかもしれない。でも不健康な生活を送っていれば注意もするだろうし、遊んでばかりいれば仕事をしているのかと注意もするし、私の親しい友人には、考えなしに不健康過ぎる生活や遊びすぎて仕事をしない人はいないわけだ。

考え方が似ているから、友人や親友になれている。だから必要のない心配だった。

年を取ったせいか、中小企業の特性か、お客さんなのに友人のようになってきたり、友人なのに一緒に仕事をしたり、いただいたりすることがとても多くなった。

だから、お互いが良くなるように一生懸命考えていきたい。

ちなみに私は嫌いな人は少ないけれど、好きになれる人も少ない。だから友人の範囲は狭い。

今日の渾身の一枚☆☆☆

店が暗かったけれど、普通にうまく撮れるようになってきた。

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今日の小説1,000字☆☆☆

累積13,823字/今日の達成0字(予定より7,117マイナス)

あと1日間(5/29まで)、大学の論文に値する小説の推敲をすることに急遽変更。と言うのも添削が戻って来てきました。それを受けて29日に面接を受けるので、それまでに指摘箇所を改善して、挑みたいと思う(提出はしない。面接のために)29日まで休むと今書いている小説の予定が8,177字遅れることになりますが、どこかで追いつくようにするつもり。

今日の腹筋50スクワット50回☆☆☆

腹筋50/スクワット50回

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