ゴール設定が、習慣化を台無しにしている

ゴール設定が、習慣化を台無しにしている

9月 12 2017 - 自己啓発な感じ
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良いことだと分かっていても出来ないことってたくさんあるし、一般的には良いことと言われていても、全員に当てはまらないこともたくさんある。

でも長年良いと言われてきているならば、ほとんどが皆に良いことなのだと思う。

例えば、腹八分目や早寝早起き、運動を定期的に行う、読書、規則正しい生活、休肝日を作る、笑う、悪口を言わない。

どうだろうか?現在できていないことでも「できたらいいなぁ」と一度は思い浮かべたたりしていないだろうか?

 

私たちは習慣から作られる

 

実は私は昨日、ブログをやる気分になれなかった。

時間はあったのだけど、休みたくなった。

もう毎日書き続けて800日にもなるのに、それでも更新を止めようかと魔が差す。

「もう休むことも止めることも、ぜったいに無い」常日頃そう思っていても魔が差すので、人間はそういうものなんだと思う。

理由もなく時々そういった日があるからナゾなんだけど、たぶんバイオリズムのようなモノだろうと思う。

でも、500字程度のくだらない内容を数分で書いてアップした。

 

内容がないので、形式だけになるけれど、続けること自体が重要な意味を持つ。

 

習慣はパズルのようなもので、たった一日が足りないだけで完成されない。

 

例えば毎日の習慣ではなく、三日に一度の習慣でも同じ。

1日、3日に1回、1週間のなかの一つが一番大事。

 

ランニングなどを思い浮かべると、イメージしやすいかもしれない。

一年後にフルマラソンに出場すると決めたら、トレーニングを始めなくてはならない。

ランニングは、一歩一歩の積み重ねでできている。

普段10分の距離でもタクシーに乗っていた人たちが、いきなり1時間走ったら、足が痛くなって翌日は続けられない。

5分、10分歩く積み重ねから、走れるようになる。

逆の言い方をすると、5分歩くことからスタートしなければ、フルマラソンに出場できないかもしれない。

出場できたとしても、思っていたような結果が得られないかもしれない。

 

毎日1,000円ずつ貯めて一ヶ月で3万円にすると決めたら、たった1日足りなければ、三万円にもならない。

 

腹六分目を心がけて、1週間で2キロ痩せると決めたのに、たった1日満腹まで食べてしまい達成できなければ、腹六分目にした6日間が無駄に感じられてしまう。

ダイエットなんかは特に、1日くらい良いかと、食べた日からすべて台無しと感じてしまい、自制がきかなくなり、止めてしまうことが多い。

 

このように考えると、1回、1日がとても大切なものになる。

 

良習慣と言われていることを始めたいのに、始められないときは、できあがったパズルを想像すると、明日からではなく、今日から今すぐ始める大切さがイメージできるのではないだろうか?

今、1日が一年後の自分に繋がっているし、その1ピースが素晴らしい絵を仕上げる。

 

 

習慣にゴールはない

 

習慣を続けるために、仕上がったパズルを想像するといいかも知れないと書いたが、けっしてゴールを作ることではない。

なにかを始めるために、ゴールを設定している人たちは多いのではないだろうか?

 

でも、ゴールは習慣を止める切っ掛けになってしまうので、あくまでも習慣のゴールは、習慣化することをゴールにする。

言い方を変えると、習慣化にそもそもゴールは無い。

 

これは私も何度が失敗をしているのだけど、一度止めた習慣は、再開するのにもの凄いエネルギーが必要になって、再開できないという自体を引き起こす。

 

最近失敗したのは、毎日小説を書くという習慣にゴールを作ってしまい失敗した。

 

1年で3作、各9万字以上という目標を立てて、毎日書き続けた。半年以上も継続できたのだから、大変でもそれないりに習慣化できていたはず。

それぞれの作品を仕上げる期日を設け、ひたすら書き上げていった。

そして書き終えた時点で、達成感もあったし、期日より前に書き上げた自分を褒めたくなった。

そこでご褒美に、予定より早く書き上げたので、余った日を休むことにしたら、2作目からスタートができなくなった。

ゴールは作らないつもりで、2作同時進行していたにも関わらず、1作を期限以内に終えて、数日休んだら再開できなくなった。

 

なぜなら、ゴールで安心したのと、スタートすることに一番のエネルギーが必要になるからだ。

だから、習慣にはゴールを設定してはいけない。

 

今まで続いていたことがある日を境にできなくなったという人のなかには、ゴールを設定していなかっただろうか?

 

ちなみに友人で、トライアスロンに出場することを、毎年目標にトレーニングしているんだそうだ。

はじめて会ったときは、昨年末のトライアスロンも開催していない冬場で、彼の体型はポチャポチャしていて、とてもアスリートには見えなかった。

ところが、出場する夏に合わせて、スリムに筋肉質になっていった。

きっちり合わせてくるのだと、関心しているのだけれど、最後のトライアスロンが終了したらゴールになってしまうので、おそらくポチャポチャに戻ると予測しているw

 

習慣にするのか?目標を定めてゴールを作るのか?

 

会社の売上なんかもそうだけど、ゴールを設定するのはとても良いイメージがある。

でも良く考えてみたら、会社の売上はゴールにしていいのか?

売上を作っていくことは、ゴールではなくて、習慣にすべきことではないだろうか?

 

幸せの基準は様々だ。

日々の行いやが自分の幸せを作っていくと考えれば、ときには我慢したり努力したりする必要があるのではないかと思う。

一般に良習慣と言われているほとんどは、やって損はないので、習慣にしたほうが良い。

 

すべての人には凄い可能性がある。

歴史はいつも一人が変えている。良習慣が一人の人間を偉人にしたとも言える。

 

私ですら毎日ブログを書き続けたら、60才になるころには、名作を山ほど出している作家になっているかもしれない。

ある時点で予測をしていなかった方向に進んで、映画監督とかにもなっているかもしれない。

 

編集後記

仲良しのM沢さんもブログを始めている。

毎日更新仲間が増えてとても嬉しい。

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