慢性化している鉄分欠乏性貧血は、自力で完治させるのは難しい。という話。

慢性化している鉄分欠乏性貧血は、自力で完治させるのは難しい。という話。

7月 11 2015 - 6,健康系
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慢性化している鉄分欠乏性貧血は、自力で完治させるのは難しい。という話。

鉄分欠乏性貧血を治すには、医療機関の力を借り、時間をかけて治療しないと、正常値に戻すには、難しいのです。

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点滴治療をサクッと説明すると

現在治療中で、鉄剤点滴中写真です。

量は50cc飲んだら一口ですが、20分~30分程度かけて点滴で入れていきます。時間は、毎回違いはありますが、基本的には最初はゆっくり落として、痛みが出ない場合は早めます。

頻度は週一で、3ヶ月から半年、基準値に戻るまで継続します。

この日は左腕を探っても血管に当たらなかったので、右腕になりました。血管が見えていないため、針を刺しにくいらしく苦労するようです。

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冒頭から治療写真を掲載してしまいましたが、治療自慢をしているわけでなく、私自身も点滴治療をするには迷いがあったので、掲載しておきます。痛くないですし、時間も掛かりません。

貧血治療には2つの選択肢があり、鉄剤の服用あるいは、点滴をします。

鉄剤の服用については、頻繁に通院することが難しい人や薬の副作用に負けないくらい胃が強い人には向いていますが、私は副作用が出てしまい長期的な継続ができませんでした。

点滴は、週に1回は病院に行かなければなりませんし、2,3日軽い筋肉痛のような怠いような症状が出ますが、即効性はあるでしょう。

女性は鉄分欠乏性貧血が多い。

女性は生理があるため、鉄不足になりやく、厚労省の調査によると、30代~60代の一日の推進摂取量は11mgと言われ、対する摂取量は、6.7~8.7mgです。

食事の好みによって、摂取できる量は変わって来ますし、鉄は吸収されにくいために、5人に一人が鉄分欠乏性貧血とも言われています。

具体的な症状で言うと、立ちくらみ、息切れ、階段などが上がれない、肌の血色が無い、眠い、耳鳴り、下まぶたをあっかんべーすると血の気が無い、氷がやたら食べたくなる。などの症状が現れます。

発症と慢性化の原因

私の例でいいますと、鉄分欠乏性貧血の発症年齢は、中学1年生のときで、スポーツ性貧血になりました。

中学に入学してテニス部に入りましたが、毎日校庭を10周、激しい筋トレなどで、入部してから3ヶ月も経たないうちに、貧血になったのです。

とはいえ貧血なんて知りませんので、どんどん悪化をさせて、仕舞いには、平坦な道を歩いていても、息切れをしてゆっくりとしか歩けない、上り坂は地獄のようだった、みぞおちが痛くなる、眠ろうとすれば耳鳴りがひどくて眠れない状態が続き、あまりに調子が悪いので病院に行くことになり、重度の貧血だと分かりました。

そこから貧血治療がスタートしたのですが、当時は、輸血か薬の服用の選択肢しかありませんでした。

当然薬の服用を選択しましたが、副作用で、胃が弱ってしまい、食後の吐き気で食べると具合が悪い、食べなければ薬が飲めない、薬を飲めば吐き気という悪循環から継続できず、自己判断で服用を止めました。

しかし体調はだいぶ良くなっていましたので、完治したと思っていたのです。

それから、今日までのおよそ30年間は、少し痩せたり、運動を継続的に行ったりすると貧血が酷くなるという具合です。

もちろん貧血気味を認識していましたので、鉄サプリは服用していましたし、血液検査時には必ず鉄量とフェリチン(鉄の貯金)も調べてもらっていました。毎回、基準値に達していないことも認識していましたが、対処法が分からなかったのです。

病院から処方される鉄剤は飲めないので、食事とサプリで補うしかないと思っていました。

ところが今回、総合病院に行き、一度重度の貧血になると、正常値に戻すのは厳しいことを知りました。当たり前ですが、不足している分まで補うならば、かなりの鉄量が必要です。

一度、身体の鉄分が不足すると、食事や市販のサプリのみでは、それを補うのは難しいので、慢性化になるわけです。

ちなみに、この30年間の中で、ごく短い期間ですが、スポーツをしていても、自分の身体ではないくらいに、軽く動ける期間を、なんどか経験しているので、おそらくその状態が基準値に達していたのでしょう。

一度重度の貧血になると、慢性化する可能性がとても高く、食生活の改善だけで、治すのは大変難しいという話でした。

 

 

あとがき☆☆☆

知人医師が、偶然同じマンションに住んでいました。時々お会いするのですが、私の顔色が悪いと言って、血液検査をしてくれました。結果を見て、隠れた病気があるとまずいからと、血液内科を調べ紹介状をすぐに書いてくれたのです。

気付くのが遅かったら、来週予定していた富士山に行けないところでした。ギリギリ間に合いそうです。本当に感謝です。

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