書くと言うこと、演じるということ。『2013年8月私は死ななかった』

書くと言うこと、演じるということ。『2013年8月私は死ななかった』

2月 1 2016 - 1,そこはかとない話
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2016-02-01 15.00.10

今日は徒然なるままに。

毎日更新ブログをスタートしてから、気がつけば七ヶ月も経っていた。

一日も欠かさずアップしてその数は213件。平均2,000字書いていたとしても、213件×2,000字=426,000字もの文字を世間様にばらまいてしまったということになる。

よくもまあそんなに書くことが、あったものだと自分でも感心してしまうけど、さすがに最近はネタ切れ気味だ。

昨日参加した豆腐マイスター認定講座ように、ネタになる行動を起こしていれば、悩む事はない。

困るのは今日のような日で、誰にも会っていないから、心が動くこともない。

特に目新しいこともなく、ただ考える仕事が多い日は、「今日のブログネタは何をしよう」なんて妄想をする時間もないのだ。

だから、ネタのないときには、小説を書けたらいいと思っていた。

ナイスなアイデアだと思って実際四日間続けてみたけれど、これは、おもしろくなさそうだと思い始めたら、両親から「おもしろくない」と電話が入ったから笑ってしまう。

確かに偶々このブログを読んでくれた人からすると、細切れで推敲されていない小説なんて、おもしろいわけがない。

たださっき1回目~4回目までの小説ブログを繋げてみたら、書き続けたいと思う内容だったので、いずれ足したいと思う。

小説カキカキ毎日出来たら、ものすごく上達すると思うんだけど。何か良い方法はないだろうか。

そう考えると、漫画ってすごいな。

小中学校のときに夢中で読んだマーガレットやリボン。なにをあんなに次号の発売を楽しみにしていたのかと記憶もないけど、飽きやすい子供を相手に早く次が読みたいと思わせるには、盛り上げて置いて一番良いところで、終了させなくてはならない。

連載をやっている人の書き方も様々だと思うけれど、毎回盛り上げようと思ったら、最後まで書いて分割掲載していく書き方では無理だと思うので、おそらく毎週考えていたのではないだろうか。

 

ちなみに小説家が書き進めているときには、登場人物に書かされているというようなオカルト現象みたいなことがあるらしい。

どういうことかと言うと、小説家が物語りを書いているんだけれど、その中の登場宇人物たちが実際に生きている人達のように行動をし始める。

だから、編集者がなぜその行動になったのですか、と作家に尋ねると「〇〇が(主人公が)、そう行動すると言うもので・・・」とか「〇〇がそう話したもので・・・」なんてことを言ったりするらしい。

ちょっとそれって観念運動的だなと思ったけれど、最近友達になった小松ミムルという俳優のブログを読んで、観念運動ではなく、役になりきっているのかと思ったわけだ。

ちなみに観念運動とは何かと説明すると、強く念じると身体がそのように動いてしまう現象である。例えば子供の頃にコックリさんをやったことがある人は多いだろう。

たいてい学年で何人か霊感が強いという子供が居て、その子を入れてコックリさんをやると動く。

その子が嘘をついているのでは無く、信じることから動いてしまうといった現象。

五円玉にヒモを付けて、手に持つ。手は動かさないようにしているのに、絶対に動くと念じると段々と動いてくるなんて事も子供の頃にやったけど、本人は気付かないほどわずかに筋肉を動かしているそうだ。これも観念運動だ。

小松ミムルの話に戻ると、彼女が書いているブログがとてもおもしろかった。

2013年8月、私は死ななかった

これを読んで、やっぱり凄いなと思った。ただまぁこのブログ以外は、凡人な私には少々理解できないものが多い。

 

造形大の授業で何度か聞いているのだけど、下手くそな小説は、不自然なことが多いと言う。

ではどうやったら自然な小説が書けるのかというのは、正直まだわからない。ただ推敲をすればいいというだけではない気がするからだ。

そんな事もあり、私は小松ミムルに興味がある。

 

今日のありがとう☆☆☆

今日は豆腐マイスター認定講座で頂いた生おからとうちにあった冷凍おからを合体させて、卯の花を作りました。早速役立ちました。ありがとうございました。

バラが買って来てから21日間も枯れない腐らない。すごいな。がんばってくれてありがとう。

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