『3人の父親と情人の選択』 エッセイ(フィクション) 書(き)活の巻

7月 10 2015 - 1,未分類記事
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『3人の父親と情人の選択』 エッセイ(フィクション) 書(き)活の巻

女は、自分の父親と似た人を好きになるという。

親友の家で、彼女のご主人と話しをしながら、私はその言葉を思い出していた。

よく似ている。

見た目が似ていると言うことでは無く、どこか似ているのだ。気遣いの仕方が自然で、何か投げやりな雰囲気は、確かに彼女の父親と似ているのである。

30代後半にもなると、同年代の友人たちは、せかせかと結婚を決めていった。彼女たちから結婚が決まったと、報告を受けるたびに、心なしか羨ましい気持ちになったが、私は結婚するつもりは無いのだからと、思い直したりもした。

女友達とも付き合いが長くなると、彼女たちの、歴代の彼の性質を聞いてきたが、相手が変わっても、たいてい彼女たちの悩みは、同じなのだ。無意識で似た人を選んでいるから、そうなって当たり前かも知れない。

しかし私とくれば、まったく性質の違う人たちと付き合ってきている。

包容力があってとにかく優しく、私には一切怒らない、いわゆる人間的にも社会的にも立派な神様タイプ。

そうか思えば、短気で自己主張が強くて、わがままで、自分の事しか考えていないし、与えて貰うことばかり考えていて、稼ぎも少ない、いわゆるヒモタイプ。

もう一つのタイプは、周りにも気配りができて、少々厳格で、押しが強く、サラリーマン社会でいうと、そこそこ出世しているタイプ。

神様タイプと出生タイプならば良いけれど、ヒモタイプが続くと、もう本当に運が悪かったと思う気持ちになり、男断ちを決心するくらいに、選んでしまった事を後悔するのだった。

どうして、こうも違うタイプを選んでしまうのだろうかと考えると、これらすべてが、自分の父親に似たタイプだからかも知れないという思いに至る。

私には3人の父親が居る。

一人目は、私が幼い頃に死んでしまったので記憶になく、母親や親戚からは素晴らしい人だったとしか聞いていない。優しくて、私たち子供をよく可愛がり、祖母や叔母たちに対しても同様に優しく、器の大きな人だったこと。仕事も良くできて起業家だったこと。死んだあとにも、私たち家族、同居していた、祖母や叔母二人も不自由ない生活ができるぐらいの財産を残してくれたこと。

良い話ばかり聞いていたから、死んだ父親像は紳士で、まるで神様みたいな人だという印象に出来上がった。

二人目の父親は母親の再婚相手で、父親の責任感だとか、男性的な包容力とか全く持ち合わせていない子供のような人だった。子供相手に子供のように本気で怒り、母親ともよく喧嘩をしていて、一緒に住んでいた祖母もこの父親の悪口を良く言っていた。思春期に入ると私もこの父親と頻繁に、ぶつかるようになった。そうなると、怒りにまかせて、父親として吐くべきことではないような事も言ったりした。そしてこの父親は、一人目の父親が残してくれた財産も、自ら経営していた小さな会社の資金繰りにすべてを使い果たしてしまったのである。

三人目の父親は、私の母親が死んでから、養子縁組した親戚で、小さな頃から私にとっては二番目の父親より慕っていた人だ。夏休みや少し長めの連休があると海や祭りなどの小旅行に連れて行ってくれて、ことある毎に電話を掛けてきては身体のことや仕事のことを気に掛けてくれていた。私がサラリーマンになってみると、この父親が優秀な人だということがよくわかり、尊敬もしたし、自慢の父親になっていた。でもちょっと厳格でうるさいのである。

女は自分の父親と似ている人を、無意識に選択してしまう。三人の父親が私の選択に影響を与えるとなると、はてさて、どうしたものかと思いながら、未来を想い馳せる気持ちになった。

あとがき☆☆☆

今日の投稿文を事前に用意していたのに、思い立ってエッセイに取り組んでしまった。深夜に書いているので、明日読んだら投稿したことを後悔していそうな、できの悪い文章かも知れません。それでもいっか。

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