自己評価と他人評価の相違

8月 15 2015 - 1,未分類記事
Pocket

毎日ブログ更新をしていたら、更新時間にもこだわりたくなって、日が変わってすぐの00:01分の投稿設定をしていた。

でも昨日は、丸一日スクーリングで、終わってから2時間泳いだら、夕食後の眠気に耐えられず、疲労感MAXで何も浮かばず、寝ることにしてしまった。

blog更新時間設定を一日の始まりにしておくと、もしその時間に出来ていなくても、最悪23時間59分残っていると思うと気分的に楽だったからだ。

当然予備の投稿文があれば、もっと気楽になるけれど、いったん予備文章が無くなると、そのために時間を作って書き溜めるということが出来なくなっていた。

一つの投稿文が多いときは3000字以上、普通で2000字と長すぎるので、おそらく3分割しても十分で、むしろ読みやすくなるとは思うのだが、それもなかなか出来ないのだ。

なぜかというと、投稿する内容がほとんど「私の日記」になってしまっているので、分割する内容に相応しくないからである。

これで分割していたら単なる怠け者なってしまう。

このblogについては、自ら課している負荷を減らしては、まったく意味がないと思う気持ちがある。

私にとってのblogは今や、筋トレと同じになっていると感じているからだ。

このblogを始めた理由が、物書きさんになりたいという事だから、blogを筋トレと考えればサボれなくなった。

筋トレをサボれば筋肉が出来ない。だからきちんと筋肉が出来るように負荷をかける必要がある。これと同じ発想なのだ。

でも、その割には、適当に書いているときもある。

見直しもしていないときがある。

だから皆に毎日書いているとなかなかいえない。読まれたら手抜きがバレてしまうし。内容が恥ずかしい。読まれるために書いている文章が読まれると恥ずかしいという、なんともおかしなblogになってしまった。

ここ数日は特にツラい。

というのもやはり体が疲労していると思う。

食事を一日1回ぐらいにすると、内臓疲労をしないので睡眠時間が少なくて済む。だけど、今はスイム、ラン、バイク、筋トレと体を動かしたことによる肉体的疲労をかなりしているし、その分栄養やカロリーも摂取しないとならないので、けっこう食べている。そうなると、もう睡眠時間が短いと眠くてたまらなくなる。

大学のスクーリングに行くと、疲労度ははっきり分かって、とにかく聞いているだけの授業だと、もうどうしようもないぐらいの眠気に襲われるのである。

それで、今日と明日も、スイムは止めて、今日は早く寝ることにした。

まー本当に自分でも感心するくらいのストイックさだが、それは私にとって嫌なことでは無く。むしろ生きている感じがしてしまうから、ちょっぴり危険だと思う。

萬年貧血だったことはむしろ良かったのかも知れないと最近考えるようになった。

貧血だと頑張りが利かないし集中力も無くなるから、体を壊さなくて済んだ。

そして今の年齢になってからならば、体力も無くなっているから、もう無理が利かなくなっている。二徹なんて死ぬと思う。(二日連続、徹夜のことをニテツという)

昔は出来た。でももう今は一晩でも徹夜なんて恐ろしいと思う。

人間うまく出来ているのである。頑張り過ぎないように出来ている。

 

そしてもう一つ付け加えておくと、私はものすごくポジティブだ。

ものすごくポジティブで、自己肯定感も高い。相当高い。そうなるとどういうことが起きるかと言えば、

 

自己評価と他人評価に相違が出てくる。

 

例えばこんなことだ、大学の創作レポートで、私的には「もう、最高傑作だ!これをS評価しない先生はいないだろう!」と思って提出する。

するとB評価だったりする。

だから、「もう私がこんなに頑張っているのだから、私ってストイック過ぎて素晴らしい~」なんて喜んでいる私のほとんどは、おそらく皆と比べると、ちょっとしか頑張っていないレベルなのである。

80点取れればいいやと思った勉強の結果は、実際は50点にも満たない結果になる。

100点取ろうと思ったら120点取れるように勉強をしないと駄目なのだ。

でも120点取れるような勉強をしたはずなのに、実際は50点ぐらいの勉強しかしていない。このように正しい評価ができない人は、どのように生きていったら良いのだろうか?

それが問題だ。

 

よっし!明日の分は、00:01に間に合わせるのでは無く。明日の夜に書こう!

で、ランニングに行きたくなったので行ってきます!

The Author